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やっとそれらしきものが書けた13歳の初恋↓
夏がじりじりと地上を焦がす。
蜃気楼の向こう、緑のなか、灼けつく土の上にひょろりと伸びて、あの人はいつもにこにこ笑っている。
それはそれは楽しそうに、汗を拭い、頬を上気させ、走り回るこどもたちをいつまでも何日でも飽きることなく見つめつづけ、大人たちの馬鹿な話にも何度でもいく晩でも耳を傾け心のこもった相の手を入れる。
にこにこ笑ってる、立ち上る熱気の向こう側で、いつも
「え、ぼ、僕はいいです。」
「何言ってるの、みんな着るのよ?あんただけ浮いちゃうじゃない。」
押しの強すぎるくらい強い直美おばさんに無理やり布地を押し付けられて、あの人はがっくりと項垂れた。
いわく、着たことがないのと、似合わないと思うというのと、自分なんかが借りてまで申し訳ないというのと、言い訳はそんなところだ。
本人は本気でほんとに遠慮しているつもりなんだろうけど、言い訳にしか聞こえない。
ぼくの耳は、だいぶ意地が悪いようだ。
「健二さん、さっさと着たら。」
「だから僕、こういうの着たことなくてわからないんだって… 佳主馬くん、なんでそんなにてきぱき着れるの?」
「毎年着てるから。」
中学生にもなっていつまでも母さんに着つけてもらうなんて、格好つかない。
そう言うと、変にゆがんでいた表情をほにゃっと緩ませて、気持ち悪いくらい優しい目でぼくを見る。
「そっかぁ。」
それだけ言って、まだへらへら笑っている健二さんが、気持ち悪く感じられたのは最初だけだった。多分慣れだと思う。
このひとは、なんでこんなにうれしそうにぼくや、真緒や加奈ちゃんや、チビ二人を見るんだろう。
ぼくらは夏希姉じゃない。そんな目で見られる理由は、きっとない。
「…健二さんって、」
「え?」
「そんなに子供好きなの?」
「えっ!?」
一転心底驚いたように目を丸めて、いやべつに僕は子供が好き…じゃないと思うなあ…どっちかというと苦手かなあ…とぼそぼそ答えられて、少々がっかりする。
だったら何なんだよ、という脱力も手伝って、ぼくは投げやりに言った。
「そう。っていうか、いつまでももたもたしてないでよ。」
「ご、ごめん!」
「もういいよ。ぼくがやったげようか。」
手を伸ばして浴衣をひったくると、悪いよ!と往生際悪く叫ぶ口を黙らせるために、わざとひどい言葉を選んだ。
「そうやって変な遠慮されるほうが迷惑だってわかんないの?」
「ご、っ」
「ごめんももういらない。」
恐縮してますます縮こまってしまう猫背からポロシャツを抜き去って、しょげた肩にさらりとした麻の生地を被せる。
白すぎるくらい白いうなじに後れ毛がかかっている。髪の色素も薄い。
見える後ろ姿のぜんぶが彼が傷ついたとぼくに教えてくるようで、胸の奥が、なんだかむかむかした。
健二さんが夏希姉といっしょにほぼ夏休みの終わりまで滞在することになったのは、家族一同のおせっかいのせいだ。
それプラス、お盆までには帰らなきゃまずいわよね、と引きとめておきながら期限を決めておこうとした万里子おばさんに、「え、お盆って何かあるんですか?だったら僕、もう、すぐ帰ります。」と言ってしまった健二さんの自業自得。
固まった。冗談でなく、夕飯時のあの騒がしい陣内一族がみんな動きをぴたりと止めて、次の瞬間「え」の大合唱だった。不覚にもぼくもそれに参加してしまった。
夏祭りは?お墓参りは?おじいちゃんやおばあちゃんのお家へは行かないの?と矢継ぎ早に繰り出される質問を捌ききれずにしどろもどろになってパンクしかかった健二さんと、そんなのお構いなしに彼を責め立てる親族を理一さんがなんとかまとめてようやく聞き出せたのは、このひとがおよそ日本のお盆の行事らしきものを経験してきていないということで。
それが、一族郎党全員賛成異議なしで、『小磯健二に夏休みの思い出を作ろうプロジェクト』が始動した瞬間だった。
「健二さん、大丈夫?」
「うん、ちょ、っと、慣れてきた、かな!」
下駄の足音さえぎこちない、妙な歩き方の健二さんを待って足を止める。
着つけが終わって、下駄を出して、履いたことある?と尋ねると案の定口をひくつかせて固まってしまったので、練習がてら外を歩かせている。
いくらなんでもその練習はいらないんじゃないかな、と言っていたのはどの口だ。予想通り、最初は見事にすっ転んだりつまずいたりしていたというのに。
自転車の補助輪を外す時以来だ、と冷や汗をかきながら足元を見て言う彼のつむじを肩越しに目だけで見つめて、ぼくはなぜつきあってやっているのだろうかと今更考えた。
この人は着付けなんてできるわけがないし、自分から誰かに頼むくらいなら、ひっそり浴衣をどこかへ置いておいて、素知らぬ顔でいつもの襟付きのシャツか何かのまま、祭りにいくぼくらのところへ顔を出すんじゃないかとか。
きっと履いたことのない下駄なんていきなり履かせたら上手く歩くことすらできなくて、つらいだろうとか。
そんなことを、ぼくが考えなきゃいけないわけは、どこにもない。
はっとして、ぼくは振り返った。
まだぎこちなく足を鳴らしている彼の、さっき盛大にこけた時の手当ての後、ぼくが貼ってやった小さな膝小僧の絆創膏のナイロンみたいな素材が、風にあおられてめくれた裾からのぞいて、ガーゼに赤い染みがついている。
追いつこうとする健二さんとの距離は5メートルもなかった。
じっと見ているぼくに気付いて、その距離をどんどん縮めていた彼が、不意に微笑んで足を止める。
太陽が、身じろぎせずに頭上にあった。
蝉の鳴く声が、一瞬止んだ。
前髪の生え際から額を滑った汗の玉が、頬を伝って地面へ落下して行った。
あ、この距離だ
そう思う。
にこにこわらう健二さんが、いつもぼくらを見つめている距離。
思えばこのひとは、一番大事な時に家族の真ん中で堂々としていたこの人は、それが嘘だったみたいに、みんなの環から外れている。
誰が弾いたわけでもない。もちろんこの人が望んでいるとも思えない。
だって、だったら、どうしてそんなに眩しいものでもみるような目で、ぼくらをみるの。
この距離は、何なのか分からない。
きっと世界中のだれにもわからない。天国へ行ってしまった大ばあちゃんですら、言葉を使ってぼくに教えることができるようなものじゃない。多分そうだ。
健二さんは今日、浴衣を着た。
いつも自分のよれた服をまとって、笑っているひとが、少しだけぼくらに近づいた。
ぼくらの当たり前の中に、輪の中に、少しでも引き込めるなら
「おにいさん」
健二さんは口を軽く開いて、驚いたようにぼくを見つめる。
おにいさんと呼んだのがあの騒動以来だからだろうか。
それとも、伸ばした手が何を言わんとしているのか、はかりかねてるんだろうか。
首を傾げながら、この人はそれでも、素直にぼくの手を取った。
さっきからずっとわだかまっていた、胸の中のムカムカしたのが、一瞬で消える。
そうだよ、こちらへ来ればいい。
自分で歩いてこられないのなら、ぼくが引いてしまえばいい。
それができるのが、きっと、今なんだ。
自然顔が笑っていた。
健二さんはますます驚いたようにぼくを見て、それから、ぼくよりもきっともっと嬉しそうに、朝顔の花が開くときみたいに、抜けるような青空の下で、ぼくに向かって笑う。
気持ち悪くなんてない。
このひとの笑顔が、好きだ。
「健二さん」
もう片方の手も伸ばすと、瞬きをしながらそっちの手も握る。
どんだけ素直なんだこの人。
「…………どっちで呼んでほしい?」
両手で強く引き寄せる
下駄の歯が地面につかっかって削り取る音にかぶさる間の抜けた悲鳴
汗ばんだ手のひら
逃げをうつから握りしめた一本だけペンだこで固い指
ぶつかりそうになった貧相な胸板に汗のにおい
見上げた顔は相変わらずびっくりしていたけど、すぐに笑顔になって、予想通りの答えをくれた。
その手をとって
(ここへおいでよ、ぼくの中へ)
「佳主馬くんの呼びたい方で!!」
「ほんと予想通りの人だよね。」
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13歳の初恋。
陣内のおうちに、だんだん、じわじわ、ほんとの意味でなじんでいく健二さんを想像すると、にやけてしてしまいます。
一番の功労者は佳主馬くんであってほしい。さりげなく、確実に、自分の陣地へ引いていってほしい。後で気付いたとき、健二さんはきっと嬉しいから!
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