すっごく短い 池沢くん→小磯先生 。
天然タラシ候補生v.s.正真正銘の天然、ってどうなるんだろうと考えたらこうなったという話です。
テストの丸つけをしていると、視界に自分の前髪がかかって鬱陶しい。
何度か左手で掻き上げて額の上のところに押し付けてみたが、押さえていないと用紙が動いてしまうし、男だと思われている自分が周囲の女性の先生に(声をかけるだけでも身構えられるのに)ヘアピンを貸して下さいとはとても言えなかった。
「……切ろうかな。」
学校の流しなんかで切るような常識のない真似はしないが、これは今夜にでも切ってしまったほうがいいだろう。そう考えてくるくると指に少し癖のある、色素の薄い前髪を巻いてはほどいていると、放課後で誰もいなくなった静かな教室に、少年が入ってきた。
「失礼します」と一声かけ、肘のあたりにスクールバッグを提げ、クラス全員分の課題を抱えて入室する様は、一学期とは比べ物にならない模範的な生徒に見える。荒れてはいないがあからさまな拒絶のオーラを出していたあのころが嘘みたいだと、健二は我知らず笑みを浮かべた。
「なに笑ってんの?」
うっすらと頬を赤に染めて、座った姿勢の健二を見下ろした佳主馬は、ぷいとすぐに顔を背けて机の端のほうに運んできた束を置いた。
崩れないように、自分の作業の邪魔にならないようにといつも気をつかってくれている(机の上があまりにも散乱している時は、慌てて片づける自分を待っていてくれる)佳主馬は本当にただの中学生には思えないと、健二は常々思っている。
そんな彼だから、冷めた様子で学校生活を送るのはむしろ自然なことだと言われれば否定できない。けれど、最近のように友人にからまれたり、自分に怒鳴ったり、ふとしたことに照れて赤くなったりしている佳主馬の方が好きだとも思う。
子供が子供らしくというよりは、夏の間にいろんな顔を知ってしまったから、佳主馬をただの「幼き天才」ととらえてしまいたくない自分がいるのだろう。
そこまで考えると、健二は物思いを即打ち切った。数字を追う以外、特に文学的なことを考えると脳みそが疲れて重くなってくるので、あんまりたくさん、難しいことを考え続けるのはやめるようにしているのだ。
「…気になるの?」
日直の仕事も終えて帰るはずの佳主馬が、動かないまま自分をじっと見ていると思ったら、ふとそんなことをきいてきた。
「え?」
「前髪、いじってるから。」
「あ、これ?伸びたからね、ちょっと邪魔なんだ。」
今夜にでも切っちゃうつもり、と素直に吐くと、何とも形容しがたい表情をされた。
「……先生が切るの?」
「? うん。」
「自分で?」
「そのつもりだけど……」
目を細め、じーっと健二の顔を見ていた佳主馬は、たっぷり5秒ほどの沈黙を挟んで、ため息をついた。
「ちょ、っと池沢くん!人の顔見てため息つかないで!」
「明日の朝想像したらため息も出るよ。先生数学以外のことはてんでダメじゃない。」
う、と言葉に詰まって赤ペンを握りしめる。
確かに自分は数学以外のものはあまり器用にこなせない。
料理を作れば具材を変な形に切ってしまうし(でも調味料の分量と調理時間は守れるので味は変にはならない)、裁縫をすれば縫い目を均等にしたいがためにとてつもなく作業スピードが遅くなるし(でも仕上がりは機械縫製と見紛うほどに綺麗)、絵を描けば「先生これ何の絵?」ときかれるし(でもグラフや円の美麗さには定評がある)、走ればこけるし(この点に関してはフォローは無い)、不器用なのは認めざるをえないけれども。
「前髪くらい切れるよ。」
「確かに切れるだろうね。切りすぎるのが目に見えてるけど。」
「そ、そんなにひどくならないよ!」
「ほんとにそう思ってんの?」
にらみ合うことしばし、立っているときとは違って、睨み上げられる格好の上に、自分の不利を押し隠して強がっている先生は、いつもとなんだか違って見える。
心臓が飛び出しそうな驚き混じりのドキドキとも見惚れている時間のときめきとも違う、妹に感じるような「かわいい」という気持ちがこみあげてきて、佳主馬はぷっと噴き出した。
「なんて顔してんの。」
言うなりちらりと流した視線の先には、健二が丸つけをしていた三学期の中間テストの答案。しかも何の偶然か、ちょうど自分のもの。
これは運も向いている、と鼻歌でも歌いたい気持ちでそれに手を伸ばし、あっと声を上げる健二に構わずひらりと浚う。
左手に薄い紙を持ち、右手は教員机のペン立てから工作用の鋏を素早く抜き去って、両手にそれらを構えた。
「切ってあげるよ。」
驚きっぱなしでええとかへえとか言っている健二の椅子に座ったままの手に自分のテスト答案を持たせ、掲げ持つようにジェスチャーで伝える。
「目、瞑って。」
いやいやと首を振っているのに構わず容赦なく刃先を額に近付けると、反射でぎゅっと目が閉じられた。
前髪をつまんでは、切り落とす。
指を離して時折かき混ぜ、見分するように体を離す。
しゃきん、しゃきんと目先すぐで響く小さな鋭い音に、かたくつむった健二のまぶたが震えた。
「はい、終わり。」
そう言って佳主馬が鋏を机上に置くと、変な緊張から解放されたせいか、すごい疲労感が襲ってきた。
「池沢くんって…時々信じられないようなことするよね……。」
「今日切るならそれが数時間後でも今でも変わらないでしょ。ついでに先生が切るよりは絶対にマシ。」
「断言しちゃうんだ…。」
「うん。」
切り落とされた髪がを床に落としてしまわぬよう、まだかたくなに両手で弱い紙を支えている健二は、顔の上に残った短い毛が気になってなかなか目をあけることができない。
それを察した佳主馬が、黒い指先でそっと丁寧にそれらを払った。
「もういいでしょ。」
「え、いいの?」
「全部取ったよ。」
「あ、ありがとう。」
目を開けると屈みこみ、すぐそばにあったゴミ箱に切り落とされた前髪をすべて流し込んだ。
しつこく残った一本まで払い落している健二の頭を見下ろしていた佳主馬が、ややあって床に下ろしていた自分の鞄に手をかける。
「帰るね。」
「うん、あっ!ごめんね、こんなことに答案を…」
「やったの僕だし。気にしないで。」
じゃあ、と背を向けて教室を出た、はずの佳主馬が、ひょっこりと顔だけを戸口から覗かせて、再び健二を呼んだ。
「小磯先生」
「はい?どうかした?」
「…あのさ、後ろは絶対切らないでよね。」
「え?」と首を傾げる健二に向かい、
なんでもストレートに言いすぎる彼にしては珍しく、口ごもってから
「先生の髪、結構きれいだと思う。」
と言い逃げた。
翌日の朝、家に帰ってからじわじわと己のしたことの大胆さと非常識さを思い知った佳主馬が一晩悶えまくった結果、寝不足の頭で登校してくると、
「あ、池沢くんおはよう。」
昨日はありがとうね、と笑って昨日と同じ仕草で首を傾げる、後れ毛ろをシュシュで結んで短いしっぽを生やした小磯先生が迎えることとなった。
「先生かわいー!」
「えーなにそれぇー!女の子みたい!!」
きゃあきゃあと騒ぐ女子に囲まれている健二を見て固まっている佳主馬の後ろから、教師に懐きたい盛りのまだまだ子供な男子生徒たちもやってきて、その肩を跳ね飛ばす。
雪だるま式に段々と大きくなる渦の真ん中で、
「うん、先生も一応女の子だからね。」
と爆弾発言をかましたから後はもう大騒ぎで、 ええええええええうそおおおせんせいおんなのひとだったのおおおえええうそだろマジなのかよせんせいめんきょしょうとかみせてよあっほんとだおんなってかいてあるみせてみせてほんとだすげええええ と子供たちの甲高い驚きの絶叫はいつまでもおさまらず、とうとう隣のクラスで授業をしていた別の教師が「うるさいぞ!!」と怒鳴り込んできた。
ようやっと騒ぎも落ち着き、健二の声に促されてばらばらと席に着き始めるクラスメイトたちにつられるように、ふらふらと佳主馬も一番後ろの自分の席へ行こうとする。
その後ろから呼び止めた健二は、まだまだざわついている教室の喧騒にかき消されてしまうくらいの大きさで、そっとささやきを送った。
「ちょっと、調子に乗っちゃった。」
花のシュシュ
ばっと背を向けて、何も言わずに早足で席に着こうとする佳主馬の耳が真っ赤だったので、照れたのかなあとぼんやり考えた先生は、本当は黒いヘアゴムにしようと思ったんだけど池沢くんがきれいっていってくれてそんなのははじめてもらったことばでだから浮かれちゃってこんな、初めてつけるようなシュシュなんて買ったんだよ、という文句は全部腹の底のもっと深く意識にさえ上らない一番奥の方にしまったまま、濃紺に白い小花柄の散るごく地味なそれに、指先で確かめるようにそっと触れた。
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無意識にタラす池沢少年に負けじと無意識に焦らしている小磯先生。
短い髪をくくっている子を見ると、ああ伸ばす気なんだなと思ってしまいます。
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2009/11/03
サマヲ(カズケン・にょた)
Trackback()
大好きです!!
小磯先生と佳主馬のお話が大好きです!!
髪をちょこんとしばった小磯先生が可愛すぎます!
先生には佳主馬うをもっともっとじらしてほしいです(攻めが悶々と悩んでいるのが大好きですww)
このシリーズが本当に好きすぎます。小磯先生の設定もたまりません!是非数年後のお話も読んでみたいです!!
いつも素敵なお話をありがとうございます。これからも応援してます、頑張ってください!!
由希 2009/11/13 23:30 EDIT RES
ありがとうございます!!
先生と池沢少年への応援のお言葉ありがとうございます!!
左側が悶々してるのは私も大好きです!由希さまにも悶々しているように見えていたらとてもうれしい!!もだもだしている左側はいいですよね…交わす方が天然ならなおのこと。
数年後GOサインとな!そんなまさかの自分しか楽しくない設定後半部分が陽の目を見る日が来ようとは…!!きちんとまとめられたらまた語りのカテゴリにでもUPしますその後!!目指せ年の差ゴールイン。池沢少年がもがき苦しんだ結果をお届けできるよう頑張ります。
こちらこそこんなブログに足を運んで頂いてありがとうございます!!そのお言葉でやる気その気が漲る漲る。これからもがんばります!!
摩央 2009/11/17 01:07